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「ニッポンのいいもの」のつくり手をたずねて

「ニッポンのいいものプレゼント」の賞品は、つくり手の真心が込もったものばかり。お客さまにお届けする賞品やノベルティ制作の背景をご紹介します。

(2017年4月取材・撮影)

プレゼントのうち、「森の香りのマグネットバー」と「オリジナルカッティングボード」は、熊本県産ヒノキの間伐材を宮城県の南三陸町で加工・梱包しています。その様子を取材するため、工場を訪れました。そこで、力を合わせて復興をすすめ、さらには南三陸町の未来へ向かって歩みをすすめる皆さんと出会うことができました。

東日本大震災から約6年が経って

東日本大震災では、南三陸町は大きな被害を被りました。20メートルを超える大津波が到達し、2011年2月末時点で17,666人だった町民のうち、死者・行方不明者は778人(南三陸警察署発表)にものぼりました(南三陸町HPより/2017年5月現在)。庁舎や病院、学校も被災し、町の機能さえ失われてしまいました。

「土木工事が続く南三陸町」「多くの方々が犠牲となった防災庁舎の周辺は震災復興祈念公園となる予定」

本格復興までの道のりはまだ遠い

震災から約6年が経った南三陸町では、この春完成した災害公営住宅等にようやく町の皆さんが入居し始めていました。浸水した地域には住居が再建できないため、山を切り崩して宅地にする必要があり、約6年の歳月が必要でした。

商業地や耕作地として開発されている町の中心部は、今後の津波に備えて盛り土が進んでいました。これまで仮設で営業していた「南三陸さんさん商店街」は2017年3月に正式オープンし、たくさんの方々が訪れています。しかし、まだ多くの場所は土木工事が続いており、震災前のようなにぎわいが戻った訳ではありません。

「2017年3月にオープンした「南三陸さんさん商店街」」「災害公営住宅等への入居がすすんでいるものの仮設住宅もまだ残っていました」

工場で働く仲間たち

訪れた工場は、津波の被害を免れた南三陸町の入谷地区にあります。取材の日も、「ニッポンのいいものプレゼント」でお届けする「いいもの」を、心を込めて加工・梱包してくださっていました。工場で働く皆さんは、ものづくりを通して「日本中の人とつながれることがやりがい」「がんばっていることを伝えたい」と話してくださいました。

工場で働く皆さん

ここで働く皆さんは、震災前は海沿いの町に住んでいました。震災で家も仕事も失って避難所にいた頃、生活を立て直すために、復興をめざして開設された前身の工場(後述するYES工房)で働き始めたという方もいらっしゃいます。工場は同じ震災を体験した仲間といろいろな話を共有できる場所であり、仕事をしている間はいろいろなことを考えないでいられたそうです。そう話してくれた佐藤さんは、取材前日がご自宅の上棟式だったそうです。
仮設住宅も出ることになり、着実に前を向き、歩み続けています。「今も日本各地でさまざまな災害が起きていますが、自分たちも経験したからこそ “災害があっても大丈夫。立ち直って復興できる”と心から伝えたいと思う」ともおっしゃっていました。今回、熊本県産ヒノキの間伐材を南三陸町で加工できることにも、つながりを感じられてうれしいと、笑顔で話してくださいました。

南三陸町の工場での様子。一つひとつ手作業で丁寧に加工・梱包されていましたものづくりを通して「たくさんの支援に感謝を伝えたい」と話してくださいました

南三陸町のこれから

震災の際、消防団員として地域の人たちを避難誘導し、津波で大きな被害を受けた沿岸部にも救助に駆けつけた、(一社)南三陸研修センター理事の阿部さんにお話を伺いました。震災後は、復興のためにはまず仕事をつくらなければいけないとYES工房の設立をサポートし、被災した町民の雇用の創出につなげました。震災後一時、その工房の一角を間借りしていたのが、今回「森の香りのマグネットバー」と「オリジナルカッティングボード」を制作いただいたフロンティアジャパン(株)の工場です。

南三陸町の復興や新たな町づくりに取組む阿部さん

阿部さんは、「震災後、町の人口は大きく減り、少子高齢化が急速に進みました。震災をきっかけに、20年分くらい早回しでこうした問題が顕在化したといわれています。つまり、今の南三陸町は、日本の地方の20年、30年後の姿ともいえます。日本中、世界中からたくさんの支援をいただいた南三陸町ができることはなにか。それを考えたときに、南三陸町がすべきことは、地方の持続可能な未来の姿を示す先駆者になることじゃないかと考えました。南三陸町は山に降った雨が谷に川に流れ、その水が志津川湾に注ぎ、豊かな海の恵みを享受しています。この町で“いのち”が循環しているのです。食料もエネルギーも自前でまかなう。こういう循環型の暮らしこそ、可能性があるんじゃないかと思うのです」と話してくださいました。

阿部さんは、体が動くうちは何でもやりたいと、研修センターの運営や無農薬でのササニシキの栽培に携わるほか、全国から訪れる方々が南三陸町の皆さんと交流しながら農業を体験できる場づくりや、移住者や若者・女性らによる耕作放棄地の活用の仕組みづくり等、さまざまなことに取組んでいます。

震災後、雇用創出のために2011年7月に設立されたYES工房に併設のワークショップスペース。工場の見学とあわせて、ものづくり体験ができる 震災の様子や南三陸町のこれからについて学べる「南三陸まなびの里 いりやど」

震災で生きたくても生きられなかった人たちの姿。
ゼロからの再建。
ライバル同士だった商店主がつながり、
「南三陸さんさん商店街」をオープン。
人口減少と少子高齢化がすすむ町。
昔から強かった地域のつながりが、
さらに強固となったこと。
南三陸町で出会った皆さんの「だって生きているのだから」という言葉の強さ。

あまりにも大きな影響を残した震災だからこそ、それをバネに、日本中に新しい地方の形を発信したいと実践を続ける阿部さんの言葉に、人と人とがつながることの大切さ、そして将来の日本の姿を見据えた持続可能な暮らしの可能性まで感じることができました。

「ニッポンのいいものプレゼント」を通して、つくり手の皆さんの思いをお伝えできたら何よりうれしいです。「いいもの」の背景にある思いを、ぜひ感じていただけたらと思います。

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